2009年4月22日 (水)

最近あった残念なこと

よく昼食を食べに行っていたインドレストランが閉店になった。
閉店の理由は「チーフコックさんの就労ビザ延長ができなかった」ということだ。
直接的には就労ビザの延長が認められなかったのだが、その認められなかった原因は彼にはなかった。
長野の店で働く前に、彼は東北で仕事をしていた。そこのオーナーが賃金を支払うことをしなかったために、彼はその店をやめて長野の店にやってきた。その時、一緒に働いていた仲間もその店をやめ、その友人が就労証明書など必要書類を受け取っていたはずだったのが、実際には受け取っていなかったらしい。仕方がないので、改めて就労証明書を発行するようにそのオーナーに依頼するも拒否をされ、彼が働いていたことを否定されてしまった。
彼は、ネパールからインドに出てコックの修行をし、日本で働くまでになったのに、これまでのキャリアをすべて失ってしまった。今回の就労ビザの延長ができていたら、さらにお店をよくして、日本での基盤を築くことを夢見ていた彼の人生プランがすべてリセットされてしまった。
その原因が外国人を使い捨ての駒としか考えず、賃金すら払わなかったひどいオーナーの仕打ちであることを聞いて、同じ日本人として恥ずかしい限りである。
外国人労働者に賃金を払わずに使い捨てにしている日本人にたいして、なんの法的な罰が与えられることなく、その被害者が法的な罰を受けて国外に退去させられる。こんな不合理なことがまかり通っている日本の現状はどのようにしたらいいのだろうか。
世の中、不合理なことがあって、どうしようもないことがあることはわかる。しかし、今回のコックさんに起きたことは決して認めてはならないことだと思う。
彼に対して何の助けもできなかった自分自身も許せない。

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2009年3月11日 (水)

ちょっと読みたくなった本

最近仕事をしながらネットラジオBrandnew-Jを聞くことが多い。12時半から放送している「勝間和代のBook Lovers」という番組が楽しみの一つ。毎週、いろいろな分野の著者とともに様々な本を紹介している。
最近読む本はビジネス書が多く、何年もSFから離れていた。そんなところに今日紹介された「アッチェレランド」。今日は途中から番組を聞いたので、中身についてあまりわからなかったのですが、妙にタイトルに惹かれた。しかも、この小説はクリエイティブコモンズというシステムを使ってネット上でも英文の原作が公開されているとのこと。
今読んでいる本「マルクスの超素顔」を読み終えたら是非読みたい。

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2009年2月21日 (土)

ワインのコルク栓

最近のワインにコルクの栓が使われなくなってきている。以前、ワインブームでコルク栓の生産が間に合わなくなり、コルクの木が傷みすぎてコルクの栓が供給できなくなったことが原因だと聞いていた。
今日見た番組では、イタリアでコルク栓が使用されなくなったからコルクを生産することが採算に合わなくなり、生産業者がコルクの林(デエサ)を放棄してが荒れ果ててとれなくなり、イベリコ豚やそのほかの農業も衰退しつつあると言っていた。
うーん、いろいろな要因が重なっているとは思うけど、人は自然と共生することで生きていける。デエサとともに生きるというイタリアの生き方。何とか守りたいものだ。

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2009年2月11日 (水)

スエーデンという国・・・

先日、テレビ朝日のスーパーモーニングで特集していたスエーデン。
福祉が充実した国で有名。1990年頃も北欧は高福祉のモデルとして注目されていた。その頃は「税金が高いけど福祉が充実し、良い国である」という程度の認識だった。
番組を見て思ったのが、スエーデン国民のモチベーションとモラルの高いこと。スエーデンは、全国民が働き、付加価値を創造し、国を維持することを目指している。そのために、国民に高度の教育を施し、男女の区別無く、可能な限り仕事をすることが求められている。
政治家も完全に公僕として働き、政治家になることが特権でも何でもない。

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2009年1月30日 (金)

小中学生に携帯を持たせない?

なんだか変な動きだ。
小中学生が携帯サイトでいじめをしているから、携帯を持たないようにさせるという発想はなんだか短絡的で、問題の本質からかけ離れていると思う。
包丁は殺人の道具になるから販売を停止するという考え方と一緒。
正しい使い方をすれば、問題がないもの。正しい使い方を教育し、いじめが間違っていることを理解させることが本筋であろう。子供にそういった道徳観を教育できないのであれば、義務教育そして家庭教育とはいったい何なのであろうか。
モンスターペアレンツなど不道徳で常識のない大人が多くなっている状況を考えると、家庭での教育自体が崩壊しているのかもしれない。人としての道徳観を教育する場である家庭での教育を立て直すこと。言葉言うことは簡単だが、実現することが一番難しいことなのかもしれない。

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2009年1月24日 (土)

日本型経営はどの程度の規模の企業までが可能なのか?

最近、派遣労働者の問題もあって、「日本型経営≒終身雇用形態を採用した企業」形態への復帰を訴える人々が増えている。派遣労働自体を否定し、禁止する法案も検討されている。
派遣労働自体は労働者にとって未来の無い就労形態であるから、労働者にとっても不幸だし、企業にとっても能力という無形の財産を失うこととなり、最終的に企業の競争力を失って不幸な結果を招く一因になることは考えられる。
かつて派遣法が改正されたときに、本来派遣労働者を採用すべきでなかったレベルの中小企業まで従業員を派遣に置き換えていった。そのため日本国内労働にしめる派遣労働はかなりのパーセントを占めるようになってきている。なんだかんだ言って、普段いろいろなお店や工場・企業で見かける人のほとんどが派遣。
では、本来派遣を使うべきではない企業の規模はどんな企業か?
簡単にはいえないが、乱暴な言い方をすると日本の企業の9割をしめる中小企業は派遣社員というものを本来使うべきではないのだと思う。中小企業が生き残る方法は、独自の能力・サービスを開発し、それを常に改良していく、モチベーションの高い従業員なしには考えることができない。にもかかわらずほとんどの中小企業が派遣労働に頼っているため、製造業をはじめとしてあらゆる業種の中小企業から技術・ノウハウなどが無くなってきている。職を失った技術・能力の高い労働者があふれている今、中小企業の経営者は真剣に正規社員の確保に走るタイミングではないだろうか。
では、大企業の場合、完全終身雇用に移行できるのだろうか。多くの大企業は可能だと思うが、大企業の中でも最近内部留保などでやり玉に挙がるトヨタ・日産・ホンダ・キヤノンなどは難しいのだと思う。企業規模が大きすぎるからだ。ある程度の規模までの企業では、技術・ノウハウの蓄積・継承は製造現場の従業員に集積され、それが競争力の源となっている。しかし、トヨタやキヤノンのクラスになると、製造現場に競争力の源があるのではなく、独立した研究開発部門に集約されていると考えて良い。つまり、現在のような不況になった場合、何が何でも守らなければならない部門は研究開発部門であり、製造現場の雇用を守って不必要な生産をすることではない。販売数が減った状態であっても、不況を抜けたときの商品に必要な技術にたいする研究開発を続けることが、必要なのである。そういった先端の研究開発にかかる費用は巨額になるはずである。トヨタの内部留保が13兆円あるとい言っても、1年に900億円もの研究開発を続けなければ、不況後の商品が無くなって、他の企業に市場を席巻され、市場から退出しなければならなくなる。この研究開発費を考えただけでも、13兆円の内部留保が十分なものであるとはいえないことはわかる。繰り返しになるが、最先端の製造を行う企業は、製造現場を切ってでも研究を続けなればならない。超大企業には、製造現場に派遣という労働形態は必須なのである。感情論で派遣禁止に向かってはならない。日本の雇用と産業を支えている大手自動車・電子機器の業界はそういう企業だ。

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2009年1月12日 (月)

久々の200up

週一回のボーリング。
昨年末からパワーボーリングに投げ方を変えて、スコアを崩していたけど、今日は安定。
そして、何ヶ月ぶりかの200upのゲームも。
理想の投球にはほど遠いが、200upはうれしかった。
PBAの選手のような速くて曲がるボールを投げたいものの、曲がらない。まずはスピードアップ。力まずに投げて28Kmぐらいがコンスタントに投げれるように。
新しいボールもほしいな・・・。

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2009年1月10日 (土)

気がつけばもう10日

1月ってバタバタしているうちに日が過ぎてしまう。
読もうと思っていた本も一冊目。
おもしろいけどなかなか進まない。

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2009年1月 1日 (木)

ハッピーニューイヤーです。

花火がどかどかとあがる音がします。
新しい年の始まり。
今年はどんな年になるのだろうか。

円高もそろそろ収まって反転するのではないかな・・・。
オバマ就任がターニングポイントかな。

新型インフルエンザ関係の情報はマスコミでもかなり取り上げられるようになった。映画ももうすぐ封切られる。これがきっかけで、一人一人が予防するようになることが最大の防御。
でも、マスコミの一過性の熱だけで終わらないかが心配。

まずは、せっかく、この年末年始に読むために買った本読まなきゃ・・・。

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2008年11月 6日 (木)

最近の日本には言論の自由が無いのかな・・・

 最近、日本の近現代史が気になって、こんな本を読んでいた。これまでの自分の持っていた日本の近現代史の歴史観を考え直すべきかもしれないと感じさせられる本である。

 そんなところへ、田母神論文の話題が持ち上がった。実際に田母神氏の論文も読んでみた。個人的には、政府の公式見解とは違うが、こういう考え方もあるのではないかと思った。戦後の日本の歴史、近現代史は義務教育の場でも軽く扱われ、ほとんど自虐的ともいえる反省の歴史観である。自分自身もそのような歴史観を教育され、そんな歴史観が身にしみていた。しかし、本当にそうなのだろうか。今回読んだような本がすべて正しいとは思わないが、戦争には一般国民から見える戦争と、支配者層から見た戦争という二つの面があることは確かだと思う。特に、戦後、日本国民をアメリカに素直に従い、戦後の日本復興のみに専念するようにするためには、現日本政権が認めている歴史観を国民に浸透させる必要があったのだろう。

 21世紀になってだんだんとこれまで全く表に出ることがなかった、様々な事実を間接的に証明すると思われる傍証が出てきている中、様々な歴史観を考察し、主張する人々が出てきても全く問題がないはずである。言論の自由ではないか。自衛官には言論の自由が無いのだろうか。

 田母神氏も書いているように、大東亜戦争があったから、現在のアジア諸国は独立国家として現在存在している。戦争を肯定するわけではないが、第二次世界大戦前は東南アジアの各地はほとんどがイギリス・スペイン・オランダなどヨーロッパ諸国の植民地であった。この植民地にたいして、大東亜共栄圏を主張した日本が進行し、戦争に負けた後に独立国家となったのだから、これは結果論として正しいと思われる。

 まあ、この考え方が「正しい・正しくない」というのはいろいろな意見があると思うが、このような考え方ができるような、様々な傍証が表に出てきていて、これまでの歴史教科書の歴史観についても改めて考察すべき時期になっていることは確かだと思う。命をかけて日本国民を守っている自衛官であれば、自衛官なりの考え方でこれらの傍証を検証し、持論を発表したいと思うのは自然だと思う。自分たちで納得できる歴史観と国家観を持っていなければ、見も知らずの国民の命を守るために自分の命をかけることができることなどできるはずがない。市民は市民なりに新たな傍証について検証し、自分なりの歴史に対する考え方を発表するのも当たり前だと思う。そして、自分が所属する国にたいして誇りを持つことは必要ではないだろうか。そういった様々な角度からの考え方、傍証の検証をすることで、正しい本当の歴史が明らかになり、共通認識となっていくべきではないだろうか。

 ところで、現政権の歴史認識が本当に正しいと言い切れるのだろうか。政権が発表する歴史認識は、政治的な取引のための政治認識であり、本当の歴史をいっているとは限らない。そのときの政治情勢で変化し続けるものである。そんな歴史認識を、一方的に追いつけるのは言論統制である。現在のマスコミを始め、国会の場でいわれている、政府の歴史認識と違うことを自衛官が主張することはまかり成らないといっているのは、まさしく言論統制である。そのことがわかっているのだろうか。今回の懸賞論文に投稿した自衛官に対して、何らかの処分が行われるようである。処分を求めている議員たちは、冷静になるべきである。文民統制の名を借りた言論統制を行っていると気がつくべきである。田母神氏の論文や自衛官の論文が日本を危険な状況に陥れるのではなく、政府の歴史認識と違うものに対する言論統制のほうがよほど国家として危険な状況におとしめていくことになることに気がつくべきである。最近の日本は、第二次世界大戦前危険な心理状態の日本になりつつあるのかもしれない。正しい方向で成熟していれば、田母神氏の論文に対して、現在とは違う反応となるはずである。

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2008年9月25日 (木)

ナナマリ

この前、聴きに行ったミニライブの「ナナマリ」、とりあえず今年の三月に発売になったミニアルバムの曲をダウンロード購入した。繰り返し曲を聴いている。よいシンガーなんだけど、何かが足りない。ボサノバだからアンニュイな感じでも良いのだけど、明確に表現できないパンチが無い。仕事中に聞き流しているには丁度いい。でも、耳を傾けるとなにか物足りない。
でも、曲を聴くとなにか落ち着く。
この、見えない壁を突き破ることができた者だけが、メジャーで生き残るのかな。
ナナマリにはがんばってほしい。

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2008年9月22日 (月)

ミニライブ

月に2~3回ほど昼食を食べに行く「ゴーシュ」で行われた「Rio Grande~ブラジルはもう、はる~」というライブイベントに行ってきた。ライブイベント自体初めて。
ナナマリさんとGee2woさんのライブ。今回初めてナナマリさんの音楽を聴いた。ボサノバを中心にしたライブだった。ライブで聴くボサノバは心地よかった。アコースティックギターにGee2woさんが演奏するキーボードとパーカッション。たったそれだけ。
10名ほどのお客で狭い店内はいっぱいになってしまっていたが、皆、心地よいボサノバに浸っていた。外は雨がシトシトと降っているのにあわせて、ブラジルの雨の歌を歌った。今の日本の気候と同じ時期の雨の歌で、一雨ごとに寒くなってきているということを歌っているとのことだ。
曲はほとんどがポルトガル語で歌っていたので、意味が全くわからないのだが、曲はとても心地よい。歌詞がわからないのだから、ギターとパーカッションだけでも同じではないかと一瞬思ったが、彼女のちょっとハスキーでまったりした心地よい声がないと曲が成立していない。

たった一回のライブで彼女のファンになったかな。CDのジャケットより実物の方がすてきな女性です。


今日のライブでキーボードとパーカッションを演奏していたGee2woさんは、音楽関係者の間ではとても有名な方。音楽音痴の私はRCサクセションの名前を聞いたことはあっても、そのメンバーまでは知らなかったので、この名前を聞いてもピンとこなかった。その演奏はすばらしかった。たった一人で何種類もの楽器を操り、二人だけの演奏とは思えない広がりを作っていた。

Gee2woさんとナナマリさんで音源を作っているとの情報もあるので、ちょっと楽しみ。

今日はよいひとときを過ごすことができた。

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2008年9月12日 (金)

最近の様々な犯罪事件から思うこと

最近の世の中、様々な犯罪の報道がなされている。20代などの若者が犯す犯罪は、他人を直接巻き込んだ殺人事件が多い。そして、50から60代の熟年経営者が犯す犯罪は、食肉偽装や事故米転売に代表される、社会全体を欺くようなものが多い。
どちらの犯罪も許されるものではないが、50から60代の経営者が犯す犯罪は、たちが悪い。「ばれなければ何をやってもいいだろう」という浅ましい考え方が見え隠れし、確信犯である。彼らは日本の高度成長時代の後期を支えてきた人々か多く、日本の経済を支えてきた人々である。そのような人々がなぜ社会全体を欺くような犯罪を犯すのであろうか。
日本人にはいいにつけ悪いにつけ「世間体」を気にするということがある。これは本来、人の行動は常に「神」によってみられているので、恥ずかしくない行動をとることを意味している。人から見られているとか、見られていないというレベルの話ではない。神道的にいえば八百万の神に見守られているから、神に恥じることのない行動をとり続けるということであろう。

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2008年9月11日 (木)

仮名漢字変化をATOKにしてみる

漢字の入力にatokを使ってみる。
文字入力の変換モードの変更に手間取る。
アルファベットの入力への変更が今ひとつスムーズにいかない。
しかし、入力する文章の変換効率はMS-IMEに比べて格段に高い。
一ヶ月の試用期間後には月額300円のコースで使用するのがいいのかな?
一年使うと3600円。
常に最新の仮名漢字変換を使用し続けられるなら妥当な価格であるような気もする。
最近のMS-IMEは中国で開発するようになったらしい。
かつてはatokを使用していた。だんだんMS-IMEの変換効率がよくなったので不自由をしなくなったので、atokから離れていた。しかし、最近のMS-IMEの変換効率の悪さは目に余るものがある。あまりに酷い誤変換に呆れることがしばしば。
ところで、WXのシリーズはどうなったのかな。あの仮名漢字変換もとても優秀で好きだった。ネットで調べたら、エーアイソフトはエプソン販売に吸収合併されていて、仮名漢字変換も遙か昔に開発をやめていたようだ。マイクロソフトのすべてバンドルされたOSを販売することによって命を奪われたソフト会社の一つとなったようだ。残念。
とりあえず、しばらくこのATOKを使ってみよう。

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2008年9月 1日 (月)

取り調べ監督制度

取り調べ監督制度が施行されるというニュースがあった。ニュースの中で取調べを監督する人がどのように監督するのかをシミュレーションしている映像が流れた。一目見て【無理でしょ】と思った。取調室の入り口にマジックミラーを設置して、通路側で立った姿勢で監督しているなんて、常識的に考えても無茶です。やろうとしていること自体は良いことだと思うのですが、監督するという大変な作業が、廊下に立った姿勢で行うなんて無茶です。
取り調べの様子をすべてカメラで録画しながら、別室で監督するのが当たり前だと思うのは僕だけでしょうか。
やっつけ仕事にしか見えないです。

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2008年8月19日 (火)

ガールズトーク

今日のお昼ご飯を食べているときの話。
隣のテーブルの女の子二人の会話はおじさんには刺激が強すぎた。たぶん、中学生か高校一年生ぐらい。テニス部の男の子で経験しているのは一人だけだとか、そんなセックスの話ばかり。品行方正な生活をしろとは言わないが、真昼間の大阪王将のような中華料理チェーン店の混雑しているテーブルで話す内容ではないだろ。
げんなりした。

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2008年6月24日 (火)

最近の原油高騰を押さえ込むには

しばらくの間、原油市場の取引を規制するしかないのではないだろうか。
原油の先物取引を、実物取引して実際にタンクを持ち、精製する業者のみに取引を規制するしかない。本来、自由な市場参入で価格が適正に維持されるはずであるが、現在の恣意的な投機家の市場操作が行われている現在、このような市場介入という非常手段を打たなければならないのではないだろうか。
原油価格の適正化には、個人的にはこれしか手段がないと思う。

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2008年6月16日 (月)

長野県内でまたいくつか合併が・・・

長野市と合併をしようとする動きと、南部で村同士の合併の動きがある。
合併を否定をする気はないが、最近の合併には疑問を感じる。
最近の合併は自立した自治を放棄して大樹に寄るというものがほとんどだ。
もし、本当に自立した自治ができなくなってしまったなら、そこに住むことも放棄し、移住するというのが最後の形だと思う。その場にとどまりつつ、合併先の大きな自治体から資金援助を受けるというのは虫が良すぎるような気がする。

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最近、投稿をサボっていた・・・

最近、本当にブログへの投稿をサボってた。
鳥インフル・新型インフルの脅威はまったく去っていない。海外では相変わらずの様相。
外岡先生のサイトでは常に最新の情報が掲載されている。今後も注目すべきだろう。

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2008年4月 2日 (水)

クローン技術って必要なのかな・・・

体細胞クローン牛の安全性が認められたとの記事があった。
医療において人の臓器を作るためにクローン技術を応用することは必要なことかもしれないが、食用の家畜をクローン技術で作ることに意味があるのだろうか。
何かの記事で読んだのは「同じ品質の食肉を作ることができるから有用である」と書いてあったのを覚えているが、これって意味があることだろうか。無意味なことにしか見えない。人を含むすべての生物は、遺伝子レベルで多様化していることが、種の保存と繁栄を可能にしてきたということは周知の事実である。なぜ、種の多様化を否定するような行動をとるのであろうか。とても不思議である。食べて安全であるという以前の問題であると思う。

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2008年3月19日 (水)

「道路見える化計画」のその後

先日書いたブログ記事の「パブリックコメントのうそ」で取り上げた「道路見える化計画」。いつの間にか関東整備局のサイトのスペシャルコンテンツから抹消されていた。
完全な邪推だが、先の記事で書いたように「パブリックコメント」を利用して道路事業を遂行することしか考えていなかったのだろう。ひどい話である。民意を反映しながら必要な道路事業を遂行するという崇高な理念とはかけ離れたレベルで【民意】を語った事業であったことが露呈したといえる。本当に理念道理の事業を遂行していこうと思っていたなら、次年度の実行計画を立てるために新たなアンケートが実施され、次のPDSCサイクルに入ったはずなのに、事業自体がなかったことにしようとしている国交省のひどいものの考え方に憤りを感じる。
道路事業が不要とは思わない。しかし、国民からの税金を使って行う道路整備事業であるのだから、国民をだますような方法で、役人が必要と考える道路整備事業を遂行し続けることに本当に怒りを感じる。
こんな国交省の事業にぶる下がり、媚び諂い、番組・広告やイベント企画をして事業予算を奪い合っているマスコミがあることも忘れてはならない。ワイドショーで国交省を非難していながら、実際にはそんな国交省から仕事とお金をもらっているのだ。視聴者に対する裏切りを平気でしているマスコミ。二枚舌のマスコミである。視聴者である国民は厳しい批判をマスコミにも与えるべきだろう。

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2008年2月27日 (水)

道路整備事業の不思議

「道路見える化計画」がきになって、長野県の道路見える化計画で使用している予算はどのくらいあるのだろうかと、公開されている国交省の予算を見てみた。驚いたことに、道路見える化計画で実施している道路事業の予算は一切なかった。つまり、一般予算ではなく、道路特定財源による事業であった。道路見えるか計画で「計画」「実施」「完了」と予算付けされている事業はおおよそ100件。一般財源で予算化されているのはわずか19件のみ。
大雑把な計算だが、長野県内で予算化されている道路事業は120件あり、その六分の五が道路特定財源で実施されていると思われる。
これってどういうことだろう。予算の立て方がおかしいのではないのだろうか。

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2008年2月24日 (日)

CLUBイベント行ってきた。。。

CLUBは40過ぎのおじさんには向かないのかな。ちょっと疲れた。
話では100人ぐらいまでの箱と聞いていたが、結構狭く感じた。

夜9時からのイベントということだったので、15分ほど送れて行ったのだが、まだほとんど人が集まっていなかった。ギネスを注文しダラダラ飲みながら様子を見る。主催者の横田君が気を利かせて話しに来てくれた。そうこうしているうちに、少しずつ人が増えてきた。トイレから戻るとカウンターは人でいっぱいになっていたので、ホールの方に移動した。DJがいろいろな曲をMIXしている。だんだんホールで思い思いに体を動かす人が増えてきた。自分も音楽に体をあずける感じですごした。気がつくと0時を回っていたので、そっと退散する。外に出ると耳鳴りがしている。大音響で耳がおかしくなった感じ。

そもそも、CLUBってどう楽しめばいいのかな。CLUBに来る人は何を求めて集まるのだろうか。こうゆう遊びをしたことがない僕にはちょっとわからない世界だった。
DJはよかった。

初めての経験なので、他と比較することができないが、率直な感想は「こんなものか」というところ。CLUBのイベントというのは何かもう少し工夫が必要なのだろう。

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2008年2月23日 (土)

CLUBデビュー!?

最近お昼を食べに行くようになった「ゴーシュ」のチーフが、「CLUBのイベントをするからみにきてくれませんか」というので、今夜行ってみようと思う。この年になるまで、CLUBなるものに足を踏み込んだことがないので、ドキドキしている。長野で活動しているDJやデザイナーが集まって一夜限り内装を施した会場でイベントを開催する。彼の話によると、長野のCLUBは土曜日の夜に10人程度しかお客がいないことが多いそうだ。そんな長野の夜を楽しく、活気あるものにしたいと20~30代の若いメンバーが集まって今回のイベントを企画した。今夜がその第一回目。また、戻ったら様子を書きます。 パンフレット表
パンフレット裏

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パブリックコメントのうそ

ちょっと表現はよくないが、パブリックコメントは多くの人々の意見を集めるといいながら、実際にはそんな機能を果たしていないと思う。多くの場合、政府が言い訳をするためのアリバイ作りでしかない。いったいどれだけの人々が、パブリックコメントの存在を知っているのだろうか。そして、政府はどれだけ多くの人にパブリックコメントを求めていることをアナウンスしているのだろうか。
インターネットがなかったころは、官報にパブリックコメントを求めていることを広報し、意見を集約していた。そして、現在はインターネットが発達した結果、各省庁のウェブサイトにパブリックコメント募集の広報がなされている。官報だけの時代に比べれば、現在のインターネットを利用したパブリックコメントを集める活動は、大いに前進したように感じられる。でも、実際はどうだろうか。一般の国民はどんなパブリックコメントが求められているのかをウェブで確認することはあるだろうか。自分自身を振り返ってみてもそんなことはしたことがない。

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2008年2月12日 (火)

みなし管理職か・・・

今の会社では、35歳で副部長になり、残業代などが入らなくなる。自分も35歳になったときに副部長になったけど、管理業務とは全然関係のない業務をずっと行ってきている。今も、部下もいないのに副部長。常に、現場の作業を行っている。まあ、救われるのは最近のニュースであるようなひどい低賃金でのみなし管理職ではないことであろうか。でも、管理業務を行っていないのに、管理職扱いで残業代や休日出勤の経費を削減する手法はほとんどの企業に蔓延していることだろう。その「みなし管理職」という人事手法は、たとえ管理業務を行っていなくても管理職という肩書きを持与えることで、高度成長時代の日本のサラリーマンのモチベーションを高める有効な手段であったことは確かである。でも、それは誤った手法であったということが明らかだ。アメリカのように割り切りすぎるのもどうかと思うが、アメリカ並みに経営者と従業員の区別がつきつつある日本の企業において、古きよき時代の人事管理手法はそぐわない。社長を目指す従業員も、「いつかはその会社の社長になる」というような考え方を持つより、「自分で独立して起業して社長になる」という考え方になりつつある。従業員のモチベーション向上の手法についてももっと最近の従業員の考え方にあわせた手法に変えていいかなければならない。

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2008年1月24日 (木)

長野駅周辺の変な緑化公園

長野市は何か変。
長野駅周辺に、どのように利用したらいいのかわからない公園が散在している。特に、長野駅東口。いったい誰が利用するのかわからないロータリー内に歩道というなの公園が作られている。また、その交差点をはさんだ南側にも信号で渡って入っていっても出口がない公園がある。緑化は否定しないが、利用方法が不明な緑化公園には疑問を感じる。行政の自己満足としか思わざるを得ない。

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2008年1月16日 (水)

マスコミによる世論形成はNG

最近の放送局を見るとちょっと変。
テレビ朝日の地球環境について考える「地球温暖化プロジェクト」など、一見、良いことのようだが、どうなのであろうか。報道機関が世界のさまざまな温暖化に関する情報を客観的に視聴者に届けることはとても大切なことである。しかし、そこに「地球温暖化を防ぐ世論を形成しよう」という意図があった場合は問題だと思う。テレビ局のように視聴者に対して影響力があるメディアが、そのメディアの力を使って、メディアが考える世論を形成するというのは間違っていると思う。今回の世論形成は「環境問題」という、地球に住むわれわれが誰でも受け入れるべきことであるから問題がないように感じるが、このようにテレビ局が「テレビ局が考える地球温暖化についての考え方」を一方的に届けることは、ある種の世論操作であり、第二次世界大戦中の日本の放送局が行っていた放送と本質的に変りがない。テレビ局がキャンペーンを行ってテレビ局の意見を発信することは非常に危険である。個別の番組のキャスターが個人の意見をコメントするのとは次元が違うのだ。
放送局は大きな影響力を持つのであるから、放送局が意図を持った放送を行ってはならない。ましてや、世論形成を意図したキャンペーンでスポンサーを探して儲けるというような考え方はもってのほかだと思う。最近は、この種のキャンペーンを張る放送局が多くなってきていると思う。視聴者は注意をする必要がある。また、スポンサーもこのような放送局については注意をするべきである。

地球環境についての情報は必要である。しかし、放送局が意図を持って発信してはならない。また、中途半端な情報提供ではならない。
自分自身、地球温暖化については一種の懐疑論者であることは以前書いた。懐疑論者が生まれる原因は、中途半端な情報発信であると思う。特に環境問題、中でも地球温暖化については、一回の放送で届けられる情報には限界があるため、番組制作者には理解できても、視聴者にはコンテクストが理解できない形の番組になりやすい。放送局は情報を発信するときに、反対の意見がある場合は、その意見も情報として流す。しかし、十分な放送時間がないために、両方の考え方についての重みがイコールであるかの誤解を招くことがある。しかし、実際には主流と傍流の意見があり、傍流には傍流の理由があるのにもかかわらず、その理由については削られてしまうことが多い。このことが、地球温暖化の番組などでも実際にあり、懐疑論自体の重みを必要以上大きくしてしまった。かといって、とある温暖化論者が書いていたように、「懐疑論自体を隠してしまえ」という考え方も間違っている。情報が隠されていたことを知れば、その情報を知ったものは隠されていた情報をさらに信じ、隠していた人を信じなくなる。

「正しい情報」を「正しい形」で「隠すことなく」伝える。それがマスコミの役割。そこにマスコミの意図を入れてはならない。「正しいことを伝えること」と「よいと思われることを伝えること」は似ているがある一線で仕切られなければならない。マスコミにかかわるものはこの一線を正しく見極める必要がある。

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2008年1月14日 (月)

NHKの番組見逃した・・・

昨年末から気にしていたNHKの番組見逃した。そろそろ放送だと思って録画予約しようとEPG番組表を探すがぜんぜん出てこない。もしやと思ってネットで調べると12日と13日に放送だった。自分の間抜けさに唖然。どんな構成で新型インフルエンザについてドラマになったのか、原作者の意図はちゃんと伝わるのかなど、結構気になることがたくさんあった番組なのに…。再放送の予定は無いのかな? NHKスペシャルだから再放送をするとは思うのだが…。大して面白くも無い映画の放送を見ていた自分が情けない。

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2008年1月 2日 (水)

一年が始まった

普通は、1月1日にこの書き出しかな。

今年はどんな一年になるかな。
細木数子の六星占星術だと「再会・種子」の年で、出会いが多い年のようだ。
もうひとつ別の占いでもなかなか良い年のようだ。

占いはともかく、前向きに良いとしになるようにすごしたい。 

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2007年12月21日 (金)

長野県庁からのアクセスログが・・・

ココログってアクセス解析機能が結構充実していて、どこからアクセスしているのか生のログも確認することができる。いつも自分自身がアクセスしたログぐらいしかないのだが、今日は長野県庁が管理しているサーバからのログが残っていた。ヤフーで「長野県 新型インフルエンザ」と検索してこのブログにたどりついたらしい。そこで実際に自分でも検索してみた。なんと7番目に出てきた。結構、好き勝手なことを書いているから、県庁の人が読んだらどのように感じたのかちょっと知りたい気もする。

実際にパンデミックなどの状況になったときの実動は市町村単位に任されているのかもしれないが、新型インフルエンザは個々の市町村で対処できるようなものではないと思う。国・県レベルが主導権を持って対処しないと大変なことになる。
最近の報道でよく見るのが、鳥インフルエンザ感染の初動訓練を各市町村で行っているというもの。今年は例年に無く早いインフルエンザの流行となっているので、各行政も事前の訓練に励んでいるようである。しかし、うがった見方をすると、パンデミックになったときに「ちゃんと訓練はしていたけれども、パンデミックは防げなかった。行政は事前にできることはやっていたのだ」と言い訳をするためのアリバイ作りのような気もする。

鳥-人感染型で感染した人を隔離するのなら、今回各地で実施されている初動訓練でも十分であろう。実際に日本国内で新型インフルエンザに感染した人が出る場合は、既に人-人感染型になった「新型インフルエンザ」になっているはずである。そうなると、感染者はあっという間にひろがり、パンデミックである。現在の医療機関で用意している「新型インフルエンザ」用の特別病棟などあっという間にいっぱいとなり、医療機関で治療する感染者と自宅で療養する感染者のトリアージが行われる。トリアージを行うことは国が定めている行動指針にもはっきりと明記されている。
トリアージにより、自宅療養になった人々に必要なのはウィルスの増殖を抑える「タミフル」「リレンザ」である。この薬なくして、自宅で療養していても、ほとんどの人は症状が悪化するだけであろう。
外岡先生のサイトで、海外の鳥インフルエンザ感染時の対処状況の記事を読んでいると、感染者の家族などに対する対処として、症状が出ていなくても厳格な監視を行い、症状が疑われるとタミフルの投与が行われていることが良くわかる。現在、日本国内のニュースでも取り上げられているタミフルの副作用に対する報告の内容もとても気になるところであるが、少なくとも鳥インフルエンザの現場においては、必須の薬であることは読み取れる。
通常のインフルエンザにおいて、ワクチン接種をしたり事前の対処をしていても、学級閉鎖や学校閉鎖になることはたびたびある。ましてや、ワクチン接種などの事前予防ができない「新型インフルエンザ」はすべての人が感染するという前提で対処方法を準備しておかねばならない。行政は最低限自分が管轄している行政区内の市民全員分のタミフルを備蓄するべきである。十分な備蓄が無い状況でトリアージして自宅療養せよと言うのは、「自宅でもっと症状が悪くなるのを待て、そして、死ね」といっているのと同じである。
ちなみに被害見積もりが甘いといわれている国の支持による長野県のタミフル備蓄目標値は18万人分であるが、2006年の備蓄状況調査では11万人分で7万人分が不足している。既に目標値をクリアしていればいいのだが、資料が改定されていないということは、状況変化がないと判断できる。個人的には、最低限長野県民の半数が感染した場合を想定して、100万人分は備蓄するべきだと考える。理想は200万人分である。

そして、最高行政府である国は、国民全員分のプレ・パンデミック・ワクチンの生産にかかるべきである。そして、各市町村に配備するべきである。以前も書いたが、スイスの対策を見習うべきである。

市民一人ひとりは、インフルエンザは「感染症」であるという認識を持つようにし、自衛はもとより、万が一感染したら「他人にうつさない」という意識の元に行動をするべきである。必要最低限の外出に、「仕事」は含まれていないということを肝に銘じなければならない。
自分自身が感染したかどうかを確認する手段はどうしたらいいのだろうか。症状がでたら病院にいくのが確実である。しかし、気になるたびに病院にいっていたのでは埒が明かない。もっと簡単に個人レベルである程度の感染の判断ができるようなキットは無いものだろうか。ネットで検索しても医療機関向けにしか感染判定キットは販売されていないようだ。妊娠判定のキットもどこででも手に入る時代である。インフルエンザ感染判定のキットがどこででも手に入るようになれば、自分である程度の目安をつけて医療機関にかかることでできるようになる。病院も負担が少なくなるし、個人にとっても軽い負担で常にインフルエンザに対する正しい対処が可能になるはずだ。
医療機関向けにインフルエンザ判定キットを販売している業者は、個人向けの簡易鑑定キットを開発して販売を開始してほしいものである。販売されたら、まとめ買いをして、自分で怪しい症状を感じたらチェックする習慣をつけたいと思う。
どこかのメーカで作って!!

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2007年11月15日 (木)

衝動買い!!

That's麺CAN  中華そば 12缶もしもドロップをいろいろ覗いていたら、こんなのを発見。以前、ニュースでみたこんにゃく麺を使った缶の麺だ。秋葉発のおでん缶に続く商品。気になっていたので、ついつい衝動買い。でも、いい値段。12缶で税込¥4,410。1缶にすると約370円。秋葉の自動販売機だといくらで売っているのかな。こんにゃくの中華そば、楽しみです。

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2007年10月24日 (水)

日ユ同祖論

日ユ同祖論について知ったのは、飛鳥昭氏の書いた一連の書物だった。その流れで、彼が書いた数多くの日本とユダヤについての本を購入して読んだ。そして、一人の見方ではあまりよくないと思い、そのほかにラビ・マーヴィン トケイヤーの本も読み、一段と「日ユ同祖論」について確信を持つようになった。そして、今回、ヨセフ アイデルバーグのこの二冊を読んだ。彼は、日本人が実際に読むことがほとんどない「日本書紀」「古事記」などを熟読し、これらの内容が聖書の記述とほとんど内容が同じであることを説明する。さらには、日本語とヘブライ語の共通している単語を5000以上も検証し、本には500の言葉を紹介している。しかも、共通しているパターンをしっかり分類している。

日本人のルーツを探る試みは行われているが、なぜ、日ユ同祖論が日の目を見ないのであろうか。現在の日本のほとんどの人々は、大和朝廷とともに日本にやってきた人々だ。たしかに、アイヌの人々のようにもともと日本列島にいたと思われる人々や、南方から船で流れてきた安曇族などもいるが、現在の主たる構成をしている人々について、論じることが少ないと思う。ヨセフ アイデルバーグはこの部分に、言語学と民俗学の観点から、大胆に切り込んでいる。独立しているといわれている日本語が、ヘブライ語と同じ発音の単語を同じ意味で使っていると、これまで読んだ本の中でも書かれていたが、彼がしっかりと分類して共通している単語をまとめているのを読んでとても納得させられた。

日本人のアイデンティティの重要な構成要素のひとつである「神道」についても、この本でしっかりと論じられている。神話は世界の各地で同じようなものが自然発生的に語られてきたといわれている。しかし、そんな偶然があるのであろうか。道徳的な部分を物語にしたものは、同じような内容になるかもしれないが、神話として世界の成り立ちや、その神話の中の神々の対立の仕方やその話の内容などがほとんど同じになることなど、論理的に考えてありえない。同じ内容であるということは、もともとが同じであったと考えるのが自然である。日本の「日本書紀」「古事記」とユダヤの「聖書」の内容がこの本に書かれているように非常に似ているということは、読めば否定することはできない。両方の書物のルーツが同じであると考えざるをえない。

これだけしっかりとまとめられた説がなぜ大きく取り上げられないのであろうか。もっと、多くの人々にこの本を読んでもらいたい。そして、日本人のルーツについて考えるべきではないだろうか。

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2007年9月30日 (日)

地球温暖化・・・(2)

そうだ、最近水しか作らないエンジンの車とか燃料電池で水だけしか排出しないとか宣伝しているけど、水を排出するということは、実質的には水蒸気を作っているということだから、温暖化ガスの「水蒸気」を作ることになって、結局は温暖化につながるのだと思った。
結局、人間が現在の生活水準を維持し、経済成長を続けるならば、「温暖化ガス」は発生し続けるのでしょうね。
でも、本当に現在温暖化が進んでいるのだろうか・・・・。異常気象ではあると思うが、長期的かつ地球全体で見たときに温暖化であるのか・・・。
ネットで検索してみてもなかなかよい説明や議論が見つからない。ただひとついえるのは、現在の異常気象は単純な原因ではなく、温暖化とも寒冷化の前兆とも解釈ができるということか。。。

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2007年9月29日 (土)

ラサのポタラ宮

BS-iで放送していた「天空列車」を見た。私が1997年にチベットに行ったときには作っている最中であると聞いていた。5000mを越える場所を列車で旅する様子はとても見ごたえがあった。その終わりのコーナーでポタラ宮殿を訪れる様子が放送された。今は入場できるのが一日2200人に限定され、4箇所のチェックポイントで入場者のチェックが行われているとのことだった。私が訪れたときはそんな厳しいチェックなどなく、入場料金を払えば誰でも入場できていた。そのため、とても多くの人々でごった返していた記憶がある。世界遺産に指定されているからその保存のためにはこのくらいの厳しさが必要なのかもしれない。でも、世界遺産に指定されたのは1994年、私が訪れたのは1997年。すでに指定された後なのだが・・・
まあ、よき時代に訪れたのだろう。

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2007年9月27日 (木)

地球温暖化・・・

今日聞いたラジオで地球温暖化について話をしていた。地球規模でおきている気温上昇は本当に起きているのであろうか。子供のころに比べれば雪も少なくなったし、寒い日も少なくなり、夏は体験したことがないような暑い日が多くなっている。暖かくなってきているような気がする。しかし、そんな温暖化現象を懐疑的な立場で小説化したのがマイケルクライトンの「恐怖の存在」

2年ほど前にこの本を読んだ後から、私自身もマスコミがの一方的に押し付ける温暖化問題について斜めに見るようになった。そんな私がたまたま聞いたラジオをきっかけに、「地球温暖化」「二酸化炭素」をキーワードにググッたら、いんちき心理学研究所というブログの「二酸化炭素は悪の大魔王」という神話という記事が引っかかった。「2004.09.10」に記述されたものだが、さまざまな面で示唆にとんだ指摘が多い。このブログの指摘に対して、反証しているブログもたくさんある。マスコミはさまざまな意見を公平に反対意見も一緒に放送しなければならないはずだが、地球温暖化については、二酸化炭素だけが悪者として取り上げられ、それに対する疑問についてはまったく取り上げられない。マスコミが情報操作をされて、一方的な情報だけを信じ、報道しているような感じもする。
現在のように石油燃料を乱用し、必要以上の環境汚染をする必要はないだろう。しかし、温室ガスのなかで一番温室効果を出しているのが「水蒸気」であるというようなことを正しく伝えないで、二酸化炭素だけが温室ガスであるかのような各種の情報は何か操作をされているとしか思えない。
地球温暖化のメカニズムや原因がいまだ解明されていない現在、もっとオープンな議論がなされる場がもっとあってもよいと思う。

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2007年9月10日 (月)

これはすごい!!

YouTubeでたまたま見つけた映像。
ちょっとすごいです。見事です。

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2007年7月 1日 (日)

ブラウン管のガラスの行方・・・

先日、新聞などで書かれていた記事で、「中国が、日本からののブラウン管リサイクル用のガラスを受け入れない」とのことが書かれていた。不勉強のため、日本でリサイクル法で回収されたブラウン管のガラスが破砕され、ブラウン管製造をしている国々に輸出されていることをはじめて知った。また、現在の技術では、ブラウン管用に作られたガラスは、ブラウン管に再利用する以外、再利用の方法がないことも知った。ブラウン管という精密機器で使用しているガラスだから、良質なものが使用されていて、再利用には事欠かないと思っていたのは大きな間違いであった。ブラウン管テレビを長年利用してきて、先日一台廃棄した。そのブラウン管のガラスが行き場を失っていることはとても心が痛む。食料品などに毒を入れて売っている国であっても、鉛の毒の入ったガラスを必要以上に受け入れたくないというのも理解できる。日本の高度な技術をしてもガラスと鉛を分離することは不可能なのだろうか。パナソニックのテレビのリサイクルについて説明したページを読んでもブラウン管に再生する方法しか記述されていない。日本では今後ブラウン管を作ることはないだろう。しかし、廃棄するブラウン管は大量に発生する。東南アジアなどではまだまだ安価なブラウン管テレビの需要があるとはいうものの、いずれは日本と同様に薄型テレビに移行していく。最終的にブラウン管の材料となったガラスの処分方法を確立し、新たな活用方法を考えなければならないだろう。日本の技術力で何とかガラスと鉛を分離し、より安全にブラウン管ガラスを再利用できるようになることを期待する。どこかで開発していないのだろうか・・・。

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2007年6月21日 (木)

渋谷の爆発事故

渋谷の真ん中に温泉が出ていて、スパが開業していたことを今回の事故ではじめて知った。大変不幸な事故だと思うし、亡くなられた方、怪我をされた方、その関係者に対してなんと慰めの言葉を言っていいのかわからない。
今回の事故の調査の報告から、温泉に対する規制がまた増えそうだ。しかし、これは考え物だと思う。もともと、温泉を人の住む場所の近くに無理やり開発することが一番の問題だと思う。温泉は自然からの恵みであり、無理やり開発することに無理があると思う。自然の恵みであるから、温泉にガスが含まれていて人が近寄れないこともあれば、上手く発散して人が使えるときもあるのがそもそもの姿。これを人の勝手で、自分たちが使いたい場所に使いたいときに使えるようにすることで、ガスの分離装置や水質改善装置などが必要となる。ちょっと前のニュースで「源泉かけ流し」の温泉で、源泉の周りを囲っただけの温泉でも、そこからの排水を綺麗にするための水質改善装置をつけなければならないというわけのわからない法律が施行されると報道されていた。自然の循環の一部を人が利用し、その循環体系を変化させていない場所で、あえて人が循環体系を変えるような装置を設置しなければならい。排水ばかりではない。今回の事故の調査の結果によっては、「源泉かけ流し」でほそぼそ営業している温泉ですら、自然の温泉水に含まれている天然ガスを分離する装置を設置する義務が発生する、わけのわからない法律が制定されることになるのではないだろうか。
東京という喧騒の中で安らぎを求めることを否定はしない。しかし、自然の恵みを無理やり人のエゴで利用するための設備を作ることは、おのずと無理を生じさせ、今回のような不幸な事故を招くのだと思う。自然に抱かれ安らぎを求めるのであれば、自然が自然として人々に開放している場所に、人が自ら赴き、自然の状況を自ら見極めて安らぎをえる。それが本来あるべき姿だと思う。日本人はゆとりを持つべきだと自然が警鐘を鳴らしているように感じた。

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2007年5月 4日 (金)

ホスピタリティとは

ホテル、旅行、ありとあらゆるサービスにとって大切なホスピタリティ。
サービスとはいったい何なのであろうか。

相手の気持ちを思いやること。
全てのことに当てはまる当たり前のことでありながら、忘れられがちのこと。
企業の利益追求に忘れられがちのこと。
現在、高利益を上げている企業は決してホスピタリティの精神を忘れていない。
見せ掛けのサービスでは人は付いてこない。
本当にお客妻を満足していただくことに対して労を惜しまない企業が残る。

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2007年2月17日 (土)

NEW MINI 登場

20070217_mini_img1BMW MINIのプロモーションが始まった。
その名も「MISSING! THE NEW MINI
サイトを見て最初に感じたのが、「面白い」ということと一緒に、車が意思を持って逃げたりするところが、「ハービー」みたいとも思った。そして、試しに貼り付けたブログツール。洒落ている。ブログを開くとNEW MINIが、ブログ画面に颯爽と走りこんでくる。面白い。これから毎日、自分のブログを開くたびに、MINIの捜索をしてみよう。
MINIという車は以前から愛嬌があって好きな車のひとつで、BMWに買い取られてからもその流れを汲んだ独特のデザインを踏襲しているのが気に入っている。NEW MINIに興味がある人はサイトにアクセス

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くじラブ・ワゴン

環境保護団体グリーンピースが「くじら」を通して地球への真実の愛を見つける旅バラエティーネット番組とうたっているサイト。
個人的には日本の食文化・伝統の一部である「捕鯨」を大切にするべきであると考えていて、単純な環境保護のための捕鯨反対運動には賛同できない。日本人は鯨を大切にしてきた。命がけで捕まえた一頭を、食べるだけでなく、最後の骨の一片まで利用してきた。それが日本の文化。そして、戦後は、本来の文化というより日本人の食料不足を補う重要な栄養源として日本人を支えてくれた。
地球環境を考えるとき、単純に「鯨」に矮小化して考えることはできない。人間自身が存在すること自体が環境を破壊しているのであり、いかに、自然破壊を小さくするのかが考えるべき方向性だと思う。
「くじラブ・ワゴン」のサイトはどのような方向性で考えているのかいまひとつわからないが、彼らの旅を通じて、日本人自身が触れることが少なくなった「鯨」について改めて見つめなおすきっかけを与えてくれる。

『くじラブ・ワゴン』キャンペーンを実施していて、簡単なメルマガ登録で、沖縄ホエールウォッチングツアーやデジタルカメラなどが当たる。メルマガを登録して色々情報を読むのも良いだろう。

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2007年2月 8日 (木)

多品種大量生産

ノキアってすごい。
携帯電話では、世界で一番のシェアを持っているノキア。一時期、厳しい状況になったのに、最近はV字回復のごとく勢いを取り戻している。その原動力となっているのが「多品種大量生産」。一般的には「多品種少量生産」という言葉が有名。経営学的にも一般的な言葉だが、ノキアはさらにその先を進んでいる。そのためのキーワードは「モジュール化」。ノキアは最終製品は「多品種」であるが、製造段階のパーツはモジュール化を進めることによってパーツの共通化をし、パーツを「大量生産」するのである。結構、簡単なようでいて難しいことを実現した。コンパクトな携帯電話で、デザインを変更すれば、その中のパーツだって形状を変更せざるを得ない。にもかかわらず共通化を実現した。
そして、世界を経済・習慣などから10のグループに分け、そのなかで最適な商品を開発している。グループ化も重要な手法だ。日本の携帯を製造している企業ではまだそこまで到達していない。日本のメーカ間で基本ソフトの共通化など始まっているが、ノキアにはかなわないと感じてしまう。
かつてノキアはありとあらゆる産業を多角経営していた。そこから、環境の変化を機敏に感じ、経営資源を「携帯事業」に集中し、そのほかを全て切り捨てた。なかなかできないことである。「選択と集中」。これも現代経営では常識的に言われることであるが、世界規模の多角経営をしている企業がひとつの事業に集中し、結果を出したのはノキアだけかもしれない。
現在、自分が本業としている業界は、商売のパイが決まっているのであるが、規制によって守られていたため、経営がほかの業界に比べると弱い業界である。そなん業界も規制緩和によって、外部との垣根が無くなり、これまでの業界の常識の範囲では経営が成り立たなくなってきた。そんな時、本来ならば垣根がなくなっても参入者にはまねができない「本業」部分を見直しをして、外部の新たな技術を活用し、本業強化をするべきなのだが、中途半端な本業外の柱をもとめて余所見をしている。ノキアのように新たな環境を冷静に分析し、自社の強みの中から最適なものを選択し、集中すべきだろう。
そして、一見、相反すると思われる「多品種」と「大量生産」というテーマを結びつけ、実現する発想の転換ができる柔軟な経営判断に学ぶべきところが大きいと思う。

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2007年2月 6日 (火)

家庭用ソーラー発電の魅力

最近、エネルギー関係に偏った投稿になっているが、今日もエネルギー関係。
気になるときは、同じようなことが気になるものである。
まあ、テレビ東京の「ガイアの夜明け」の影響をたぶんに受けていることは否定できない。
そして、先日発表された地球温暖化に関する発表の影響も・・・。

先日までは、ソーラーパネルなんて焼け石に水程度のものにしかならないと思っていたけれど、各家庭レベルで導入が進めばものすごい効果を出すかもしれないと思い始めた。

現在、日本で提供されている家庭用のソーラーパネルのほとんどは、設置した家庭の必要としている電力をすべてまかなうことはできないが、かなりの部分はまかなうことが可能である。
日本の一戸建て家庭に「ソーラー発電パネル」の設置が義務化されたらどうなるだろうか。日本全体で考えると、ものすごい節約になる。

そして、現在電化されていない地域に供給する電源として不可欠なソーラーパネル。こういった地域への電力供給に化石燃料を使わなければ、それもまた大きな二酸化炭素削減になる。

世界的な携帯電話メーカであるノキア。いま、ノキアの大きな収入源が「アフリカ」だそうだ。その日の食事代がなくても、携帯電話のほうが重要なアイテムになっているそうだ。作った作物を売るために片道でも一日かけて歩いて販売先に訪問することなく、携帯電話一本で商品を販売できるようになるからだそうだ。そんな家庭で必要としている電力はきっと大きなものではないことが想像できる。ソーラーパネルで十分まかなえるのではないだろうか。いずれ、大電力用のパネルが必要になるかもしれないが、今からソーラーパネルが普及していけば、これらの国々で火力発電のような化石燃料を使用する発電を減らすことができるだろう。

安価で効率的なソーラーパネルが開発され、世界中に普及すれば、地球温暖化に「待った」をかけられるのかもしれない。楽観的過ぎるかな?

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2007年1月31日 (水)

「東京電力の原発データ改ざん」から「少子高齢化」へ

残念な報道だ。
安全性の問題で非難されることが多い原発。しかし、日本のエネルギー、しいては、世界のエネルギーを支える重要な発電方法であることも事実である。化石燃料を利用するエネルギーは化石燃料とともになくなる。(一部には石油は枯渇しないという人もいるが、ここでは別の議論とする。)
既に近代化を進め、電気を利用している一部の国々は十分なエネルギーを得るのに化石燃料中心で何とかできるかの幻想を抱いているが、中国、インド、南米、アフリカといった、これからどんどんと近代化を進めていく国々が必要とする電力をまかなう方法として、原子力発電は避けては通れない発電方法である。彼らが必要とするであろう電力は計り知れない。その電力を化石燃料ではまかなうことは非効率的であるし、ましてや、風力発電や太陽光発電でまかなえるものでもないだろう。原子力発電を、これからの国々のエネルギーをまかなう柱とせざるを得ない。

放射能という生物に有害な物質を扱うことが避けて通れない発電方法であるため、反対する人がいるのは理解できる。しかし、日本ですら2003年度で26パーセントの電力をまかなっている原子力発電は、今の日本の生活を支えるためには停止することができない。
世論を味方につけなければ原子力発電は成り立たない。現在建設されている原子力発電所は、電力の必要性から、建設地周辺の住民も放射能などの危険性を知りつつ、原子力発電を安全に運用することで潜在する危険を回避できると信じて認めてくれていたはずである。それなのに、今回の改ざん。裏切られたと感じる人がどれだけいることかと思うと残念でならない。

見る方向をちょっと変えてみる。

自然が人類に与えてくれるエネルギーをはるかに超えたエネルギーを必要としていること自体が間違いといえば間違いかもしれない。化石燃料も自然からの恵みではあるが、消費するだけで再生産できないので、自然のエネルギーからははずして考えたい。日本国内で水力や風力といった自然からのエネルギーで作り出せる電力で、現在の生活水準を維持するとしたら、いったい適正な人口は何人なのだろうか。また、地球上で人がエネルギーの消費と再生産をおこなって自然環境のサイクルを壊さない人口はいったい何人なのだろうか。こう考えるとエネルギー対策のために人口を減らすべきだという考え方もできる。

現在の日本で少子高齢化が問題とされているが、このエネルギー対策の観点からすると良い方向に向かっているとも感じられる。自分を含めた未婚で子供なしの成人が多いのは、社会の不安とか、政治の不安といったものではなく、人が本来持っている人口調節の本能なのかもしれない。どう考えても、今の日本の国土の広さに、この人口は多すぎる。異常発生したねずみが海に飛び込む話ではないが、今の日本は人口が高密度化しすぎて、それに本能的に反応して子供を作らなくなっているのではないだろうか。家族は作りたい、でも作れない。目に見えない呪縛を感じることがある。

「エネルギー問題」と「少子高齢化問題」は意外と連動しているのかもしれない。

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2007年1月25日 (木)

日本が石炭の輸入大国だったとは。。。

毎週録画してみている番組に「ガイアの夜明け」がある。テレビ東京で1月23日に放送した「黒いダイヤが燃えている~資源警報!石炭を確保せよ~」で、日本が石炭の輸入大国であることを知った。日本の電力のほとんどが火力発電で作られていることは知っていたが、小学校のころの知識から、現在の火力発電所のほとんどの燃料は石油だとばかり思っていた。実に全電力の三分の一を石炭を燃料とする火力発電で作られているとのことだった。自分の無知を思い知らされる。ちなみに外務省のエネルギー基礎統計グラフが掲載されている。自分自身が小学校や中学で勉強したころは電力のほとんどが【石油】に頼っていたが、オイルショック以降【原子力】【石炭】【LNG/LPG】【その他】で多くをまかなうようになってきたことがわかる。今後、日本のエネルギー計画において【石炭】は大きな役割を果たすことになっている。国内需用は増加しているのに、国内の炭鉱がコストや生産量などの関係から次々と閉鎖され、財政破綻している炭鉱の町が存在している現状は、皮肉な状況のように感じる。
現在、日本で営業している炭鉱は「釧路コールマイン」という炭鉱がひとつあるということもはじめて知った。日本の採炭技術を維持し、海外からの研修生を受け入れ、技術移転を行っている。彼らは【技術を移転して石炭を輸入する】ことを意識している。
生活の基礎となる電力は確保しなければならない。しかし、その多くは化石燃料を燃やして作る火力発電が中心で、二酸化炭素の発生を伴う発電である。「新エネルギー」といわれる「風力」や「ソーラー」といったものでまかなうことがよく言われるが、現在の日本で必要とされている電力量を考えると、ぜんぜん追いつかないことは事実である。石炭を使った新技術「石炭ガス化複合プラント」なども進めることも重要なことなのであろう。発電電力の構成比をじっくり見ていると、二酸化炭素を発生しないで大きな発電が可能な【原子力】の重要度を改めて感じる。電力の確保には「原子力発電」は避けて通ることができないだろう。そうおもうと、数年前に頻繁に発生した原子力発電所での事故は残念である。
各家庭でできることは何か有るのだろうか。「ソーラー発電」の家庭利用など自宅で使う電力の一部を自然を利用した発電でまかなうことぐらいしか思いつかないが、各家庭が小さなことからこつこつと行うことで化石燃料を主体とした発電を減らすことができるだろう。
現代の生活で電気がない生活は想像することができない。その電気を支えている「石炭」にあらためて感謝。世界規模で見たときにも「石炭」は重要な資源であり、この消費にも中国の影が大きく覆いかぶさっている。これからは古くて新しい重要な資源である【石炭】の動向にも注目していきたい。

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2007年1月12日 (金)

バイオエタノール

バイオエタノール、ガソリンの代わりに使うことを目的に作られている。
以前聞いたのは、「サトウキビ」からつくる「バイオエタノール」だったのだが、最近では「トウモロコシ」「小麦」「てんさい」などの穀物から作られるようになっているらしい。経由の変わりになる「バイオディーゼル」も作られ始めている。これも「大豆」などの穀物が原料。
原油の高騰から始まったバイオ燃料の開発であるが、バイオ燃料の原料となる穀物価格の高騰となっていろいろな影響が出始めているらしい。
これまで食料であった穀物が、燃料の原料となることで大きなビジネスチャンスが現れたようだ。しかし、食料という性格のものが燃料となることについては批判もある。
世界規模で考えると、食料のほとんどを輸入に頼るしかなく、飢餓に苦しんでいる人々がたくさんいる。これまで、そういった人々に安価に提供されていた穀物類が、燃料の原料となって届かなくなるという弊害がおこってくるであろう。
限りがあるとされている化石燃料から、生産し続けられるバイオ燃料への転換は必然といえる。しかし、食糧難に苦しむ人が生きるために必要な穀物が、裕福な一部の先進国の車などの燃料として消費されるという構図には疑問を投げかけざるを得ない。
最終的に化石燃料から移行すべきはバイオ燃料へではなく、水素などの燃料への移行なのではないだろうか。

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2006年11月16日 (木)

ぜんぜんブログを書いていなかった

大体、何でも三日坊主だから、このブログにもほとんど更新に来ていなかった。
ブログに記事を書けばお金がもらえるというサイトに登録して、依頼された商品やサービスについて書くことが多かったが、なかなか大変なものである。
生活互助会の仕事も行き詰まり中。
結構、理念はいいものがあるのですが、本部が組織作りに腐心していて、一番大切にすべき顧客へのサービスの向上が後手になっているような気がする。もっと、無料会員を増やす良いプログラムが提供されないものだろうか・・・。長野県のような保守的な地域ではなかなか信用を築くことができず大苦戦。地道にやるのみ。

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2006年7月28日 (金)

本当にカッコいい男

ブログ記事コンテストは、 SEAMO 『ルパン・ザ・ファイヤー』の協賛で開催中です。

ルパン・ザ・ファイヤー

シェアブログseamo2に投稿

本当にカッコいい男ってどんな男なのでしょうかね。42歳になるいまになってもわかりません。だから未だに独身。でも、難しい事はいわなくても、自分の言動に対して常に責任を持っている男って男らしいと思っている。自分自身、その事は意識して、発言と行動には注意をしている。でも、なかなか人らは認められないものかもしれません。
人には認められなくても、自分自身が決めた基準ははずさず、常に鼓動し続ける。芯のある人間として生きる。これが男であっても女であっても重要だと思う。これからもそんな生き方をしていきたい。

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2006年7月24日 (月)

ワーキング・プア

 NHKスペシャルで放送していた「ワーキング・プア」。改めて実態を見せ付けられるとひじょうに悩む。一生懸命働き、精一杯生きようとしているのに、その日の生活すらままならない人たちが増えている。真面目に働いているのに、良い方向に進まない、負のスパイラルに陥ってしまった人々とも言える。しかも、その負のスパイラルが、その子供にもそのまま引き継がれつつある。これは、その人個人の問題なのだろうか。それとも社会の問題なのだろうか。
 全てのワーキングプアの人を一律に扱う事はできないとは思うが、努力している人が報われる事がない状況が生まれている事実。この事実は否定する事ができない。努力する方向が間違っていると切り捨てることもできない。さらには、ワーキングプアの家庭に生まれた子供たちには、挑戦するチャンスすら与えられていないという事実も・・・。
 第二次世界大戦後、日本は世界に追いつけ追い越せと、一丸となって経済成長を遂げてきた。一応、資本主義経済にしたがって、経済成長をしてきたと認識されているが本当にそうなのだろうか。戦争で破壊されたインフラの構築という、とてつもない公共事業の中で、各企業が利益をあげ、成長してきた社会。一見、自由競争の資本主義経済と見えるのだが、超長期の計画経済を、順調に実行してきていたともいえるのではないだろうか。つまり、資本主義経済に見えてはいたけれど、実質的には社会主義経済であったと。これまでの日本の経済成長を支えてきた企業が実施していた、終身雇用・年功序列賃金これはどう考えても資本主義の原則には即していない。社会主義的な原則として解釈するととても納得できる。あまり、こういう考えの人はいないけど、高度成長期から1990年ぐらいまでの日本は民主社会主義の国だったと思う。そんな中で、世界が驚くような経済成長を遂げ、経済大国となり、世界のトップとも言える国になり、成長が鈍化してきたとき、次に進むためにどうすべきかと考えたとき、グローバルスタンダードとなりつつあった、アメリカ的な民主資本主義の社会にシステム変更をしたのが、この10年間だったと思う。各種の規制緩和政策、競争を前提とした経済政策、全てがアメリカがグローバルスタンダードと提唱するものに近づいてきた。社会主義の世界から資本主義の世界へ。日本の経済システムが大きく変化したのである。
 社会主義の経済が資本主義の経済を取り入れて発展しようとすると、富裕層と貧困層の二分化が進む。この事は、中国やロシアにおいてもはっきりと現れている。社会的地位が中から上の層に位置していたものは富裕層に、中から下に位置していたものは貧困層にと二分化していく。統計学的に分析したわけではないが、客観的に観察するとこの傾向があることは明白だと思う。(個人的には両国は社会主義国ではなく、ただの独裁国であると思っているが、一応社会主義経済を模倣して実行してきているので、社会主義国の範疇とする。)
 この二分化はどうして起こるのであろうか。見方を変えると、労働力の提供を受けて活用する層と単純に労働力を提供している層とに分かれているともいえる。マルクスが言っていたように、資本主義の社会は「資本家」と「労働者」に分離された世界である。資本家にならない限り、経済的に豊かな生活は送る事ができない社会である。労働者は搾取されるだけである。社会主義社会から資本主義社会に変化する段階で、「資本家」と「労働者」へとどちらかに人々は自然と分離されるのは、社会システムの変化にともなう必然と解釈できる。
 日本の不幸な点は、高度成長を遂げてきた社会システムが「社会主義経済」における【計画経済】によって成し遂げられていたにもかかわらず、資本主義経済による経済成長と誤った認識をしていた事にあると思う。マルクスが論じていた資本主義の次のステップである社会主義の世界を実現していた日本という事を全く認識していなかった事でもある。そのため、社会主義的な護送船団の中で守られていた単純労働提供をしていた労働者が、資本主義経済の荒波の中にいきなり投げ出されているのが、いまの日本の状況なのではないだろうか。
 どのようにこのエントリーをまとめて良いのか判らなくなってしまった。でも、これからの日本は「資本主義経済システム」を選択したことは事実である。そのシステムは競争を前提とした厳しい社会である。競争に負けて退出する事は仕方ないが、競争に参加できない不公平があってはならない。この仕組みづくりは個人だけでできることではないので、社会全体で作り上げる必要がある。単純な労働力しか提供できない人には生き難い社会システムである。本当に厳しい選択をしたのだということを改めて感じされている。
 個人的には、日本型の「民主社会主義」にアメリカ型の「民主資本主義」の良い部分を取り入れて、社会主義システムにおいて発生しやすい不効率な部分、つまり、役所の不効率・談合の不効率といった競争によって効率化が望める部分を改善し、一つ上のレベルの社会システムになるためのステップだと思っているのだが、一つ上のレベルになるには大きな代償が必要なのだろうか。新しい社会システムは何処の国も試みた事が無い、前例の無いシステムである。日本人が苦手とする新しいものの開発。でも、第二次世界大戦大戦後に、何処の国も実現する事ができていなかった「民主社会主義」の国を無意識に実現していた日本である。この大きな痛みについても何とか乗り越えて、新しい「民主社会資本主義」ともいえる社会システムを構築できるのではないだろうか。それが実現するかどうかは、ここ数年が大きな山なのかもしれない。

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2006年5月28日 (日)

こんなスパムメールが・・・

読んで笑った。なかなか射得て妙なスパムメール。

<女と言う生き物>
うん。=いや。
いや。=うん。
たぶん。=だめ。
私たちに必要よ。=私が欲しいの。
あなたが決めて。=答えはもう分かってるでしょ?
話し合いましょう。=文句があるのよ。
それでいいわよ。=私は不服よ。
この台所使いずらいわ。=新しい家が欲しいの。
私のこと愛してる?=買いたいものがあるの。
もうちょっとで準備できるんだけど。=言っとくけど,ずいぶん時間かかるわよ。

<男という生き物>
ハラ減った。=ハラ減った。
眠い。=眠い。
疲れた。=疲れた。
うん。その髪型いいね。=前の方がよかったな。
その試着した服良く似合うよ。=なんでもいいから早く選んで,家に帰ろうよ。
映画でも見に行かない?=終わったらエッチしたい。
バンゴハンでもどう?=終わったらエッチしたい。
退屈だね。=エッチする?
愛してる。=エッチしよう。
俺も愛してるよ。=よし。言ったよ。さあエッチしよう。

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2006年5月17日 (水)

でんじろう先生に教えてあげたい?

先日、ブログにかいた「マネーパートナーズ」が日経に広告を掲載したらしい。でんじろう先生を使っての広告のこの一言が面白い。

「FX?

そんな元素記号は

知らない」

by 米村でんじろう

なんらかの投資をした事がある人はFXを知っているとは思うが、一般的には聞いた事が多いのだろうか。
そして、日経という経済専門新聞の読者であれば、知らない人はいないと思うのだが、それだけに、このコメントが妙に受ける。シリーズでいくつかの広告が掲載されるようなので、次の広告が楽しみである。
FXについての基礎知識は「マネーパートナーズ」のサイトhttp://www.moneypartners.co.jp/beginners/index.htmlでも説明されている。でんじろう先生にも教えてあげる?

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2006年3月26日 (日)

天皇家と遺伝子

最近は静かになった皇室典範の改正。個人的には何らかの対策が必要とはいえ、女系天皇容認には首を傾げざるを得ない。
遺伝子的に考えると、天皇家はとてもすごい家系である。男しか継承する事ができない「Y染色体」を、少なくとも日本に天皇家が認められたときから、連綿と受け継いでいるのである。こんな家系は全世界を見てもたぶん無いであろう。たかが遺伝子というかもしれないが、結構、奥が深い問題だと思う。
「日本人のルーツはいったい何処から来たのか・・・」
この未解決の謎を解く鍵を、天皇家が握っている事は否定できないと思う。
そして、なぜ日本人は「天皇家」をありとあらゆる権力争いの中でも守り、男系男子にしか受け継ぐ事ができない「Y染色体」を守り続けてきたのか。この秘密は未だにわからないものの、きっと重要な秘密があるのだろう。
女系天皇を否定する事は、男尊女卑ではない。生物学的に男にしか受け継ぐ事ができないものを守るためには仕方がない事だともう。
個人的には、第二次世界大戦で離れた「宮家」の復活を早いうちに認め、「Y染色体」の継承者を確保する事が必要だと思う。
天皇家の「Y染色体」に何が隠されているのかはわからないが、「天皇家」はこの隠された情報を運ぶ「箱舟」だと思っている。だから、これまで日本人が守り続けてきた「Y染色体」を継承しなくなった段階で、「天皇家」の存在意義は無くなると思う。

天皇が即位したときに行われる最大かつ最重要視される神事「大嘗祭」。これは、天照大神(女神)と天皇が交わる事でその神の権威を継承するという儀式である。この神事のもつ意味からしても「女性の天皇」は考えられないはずである。
「女性の天皇」が神事として認められるときは、カッバーラの奥義にしたがって「天照大神」が「絶対神ヤハウェ=イエスキリスト」であることが明らかにされたときなのかも知れない。

結構、飛鳥昭に毒されています。
でも、飛鳥昭の本で説明している事は、論理的に納得しやすい。

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