最近、日本の近現代史が気になって、こんな本を読んでいた。これまでの自分の持っていた日本の近現代史の歴史観を考え直すべきかもしれないと感じさせられる本である。
そんなところへ、田母神論文の話題が持ち上がった。実際に田母神氏の論文も読んでみた。個人的には、政府の公式見解とは違うが、こういう考え方もあるのではないかと思った。戦後の日本の歴史、近現代史は義務教育の場でも軽く扱われ、ほとんど自虐的ともいえる反省の歴史観である。自分自身もそのような歴史観を教育され、そんな歴史観が身にしみていた。しかし、本当にそうなのだろうか。今回読んだような本がすべて正しいとは思わないが、戦争には一般国民から見える戦争と、支配者層から見た戦争という二つの面があることは確かだと思う。特に、戦後、日本国民をアメリカに素直に従い、戦後の日本復興のみに専念するようにするためには、現日本政権が認めている歴史観を国民に浸透させる必要があったのだろう。
21世紀になってだんだんとこれまで全く表に出ることがなかった、様々な事実を間接的に証明すると思われる傍証が出てきている中、様々な歴史観を考察し、主張する人々が出てきても全く問題がないはずである。言論の自由ではないか。自衛官には言論の自由が無いのだろうか。
田母神氏も書いているように、大東亜戦争があったから、現在のアジア諸国は独立国家として現在存在している。戦争を肯定するわけではないが、第二次世界大戦前は東南アジアの各地はほとんどがイギリス・スペイン・オランダなどヨーロッパ諸国の植民地であった。この植民地にたいして、大東亜共栄圏を主張した日本が進行し、戦争に負けた後に独立国家となったのだから、これは結果論として正しいと思われる。
まあ、この考え方が「正しい・正しくない」というのはいろいろな意見があると思うが、このような考え方ができるような、様々な傍証が表に出てきていて、これまでの歴史教科書の歴史観についても改めて考察すべき時期になっていることは確かだと思う。命をかけて日本国民を守っている自衛官であれば、自衛官なりの考え方でこれらの傍証を検証し、持論を発表したいと思うのは自然だと思う。自分たちで納得できる歴史観と国家観を持っていなければ、見も知らずの国民の命を守るために自分の命をかけることができることなどできるはずがない。市民は市民なりに新たな傍証について検証し、自分なりの歴史に対する考え方を発表するのも当たり前だと思う。そして、自分が所属する国にたいして誇りを持つことは必要ではないだろうか。そういった様々な角度からの考え方、傍証の検証をすることで、正しい本当の歴史が明らかになり、共通認識となっていくべきではないだろうか。
ところで、現政権の歴史認識が本当に正しいと言い切れるのだろうか。政権が発表する歴史認識は、政治的な取引のための政治認識であり、本当の歴史をいっているとは限らない。そのときの政治情勢で変化し続けるものである。そんな歴史認識を、一方的に追いつけるのは言論統制である。現在のマスコミを始め、国会の場でいわれている、政府の歴史認識と違うことを自衛官が主張することはまかり成らないといっているのは、まさしく言論統制である。そのことがわかっているのだろうか。今回の懸賞論文に投稿した自衛官に対して、何らかの処分が行われるようである。処分を求めている議員たちは、冷静になるべきである。文民統制の名を借りた言論統制を行っていると気がつくべきである。田母神氏の論文や自衛官の論文が日本を危険な状況に陥れるのではなく、政府の歴史認識と違うものに対する言論統制のほうがよほど国家として危険な状況におとしめていくことになることに気がつくべきである。最近の日本は、第二次世界大戦前危険な心理状態の日本になりつつあるのかもしれない。正しい方向で成熟していれば、田母神氏の論文に対して、現在とは違う反応となるはずである。
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